>学校をつくろう!

  第68号より

   帰国便り 〜インドネシア編〜
                             専門部東南アジア課程
                                         藤井 啓

 ジャカルタからジョグジャカルタまでを電車のエコノミークラスで帰った。距離は東京から京都くらいまでだと思う。当たり前のように満員電車。隙間という隙間には荷物が詰め込まれ、余ったスペースや荷物の上に人が押し込まれる。扱いは荷物と大差ない。ぎっしりと人が床に座っている。最後尾の車両の後部に乗った。床に体育座りでウトウトしながら1時間ほど経って次の駅に停まった。肩を叩かれたので顔をあげると、人が更に入ってくる様だった。自分が通路を塞いでいたので、立ち上がって人を中に流した。足を動かすスペースが無いほどに人が増えた。床に座ったままの人もいるが、かなりの人が立ち上がることになった。もちろん老若男女関係ない。そんな中、車両から車両へと人の間を無理矢理押し入って売り子のおじさんやおばさんが回ってくる。食べ物や冷えた飲み物を用意して電車に乗り込み、次の駅に着くまで電車内を売り歩く。少しだけ高めの値段。商品の入ったカゴを頭に乗せて商品の名前を叫ぶ。届かない人がいればお金と商品を乗客から乗客へと手渡しで売り子と買った人まで届ける。
 車内は電車が進むにつれ、どんどん汚くなる。食べ終わったゴミを窓からも捨てるが自分の足元にもポイポイ捨てる。タバコの吸殻やらカップ麺のカップやらが床に散らばる。なんでもありの混沌電車。日本じゃ味わえないと思った。ずっと座らないので足がパンパンになってくる。
 途中、人をかき分けて車掌が切符をチェックしに回ってきた。切符を出し、穴をあけてもらう。隣りの子連れの男の人が切符を出さなかった。ポッケから出したのは何枚か重ねられた1000ルピア札だった。それを車掌に渡そうとするが車掌は無言で「ダメだ」と手を振った。男の人はそれをしまい、今度は1万ルピア札を一枚出した。車掌はそれを無言で受け取り、次の人に移った。少なくとも後部車両の何人かは無賃乗車していたようだった。車掌のワイロの受け取りも慣れているようだった。
 電車は予定時間より2時間遅れで、普段よりも早く着いた。着くまで立っていようと思ったけど、到着の1時間くらい前で座ってしまった。ジョグジャカルタに着いたら駅を出て近くの屋台でお茶とコカ・コーラを注文して一気に飲んだ。あんまり疲れちゃいなかったけど。
 せっかく外国にきたのだから、出来れば日本じゃ味わえないコトを味わいたいなぁと思いながら、特別に何かすることもなく過ごしていた。たくさん散歩した。自転車も乗り回した。屋台のおばさんや道であった人とお喋りした。たくさんマンゴージュースを飲んだ。エイサーを踊った。ヨサコイとソーランを覚えた。羊と牛を捌くのを見た。断食した。風邪ひいた。料理をたくさん食べた。バイクで3人乗りした。知らないおじさんちに付いて行った。
 その土地に住む人達の「普段どおり」をたくさん見た。ジャカルタの高層ビル群は想像以上に都会的だったけど、一般庶民の居住区は田舎と変らない様子だった。国の発展具合は上を見てちゃ測れないと思った。
 写真も少し撮ってきた。日記も細かくつけた。始めた時はそうしないと日々がただ過ぎて行くものに思えたから。日本とは違う文化に触れながら「普段どおり」過ごした。何を自分が得たかはこれから生活していく中で少しずつ見えてくるんだと思う。テンペがまた食べたくなると思う。そしたらまた行こうと思う。お金があったら。


  学校の役割        その57

   今日は1月27日。昨日は旧暦の元旦でした。夜間中学校は一日休校になります。珊瑚舎のテラスのベンチは日をいっぱいに受けて、穏やかな正月二日の午前です。しばらくそこに腰掛けます。
 街路樹のアカギの梢が目の前にあり、赤い実を一杯つけています。シロガシラが次から次に飛んできて、鳴き交わしながら盛んに実を啄んでいます。しばらく鳴き交わすと、また次々に飛び去ってゆきます。沖縄ではソーミナーと呼んでいる目白もやってきます。ほとんどが二羽でやってきます。番いなのかもしれません。目白には年寄りがいないのではないかと思うほど、素早く飛び回ります。葉陰に姿をくらまし、しばらくすると逃げるように飛び去って行きます。オリーブグリーンの背中が鮮やかです。その泣き声を聞けば、いよいよ年寄りはいないに違いないと確信します。他愛もないことを考えていて、一向に見飽きません。
 先週、那覇市内の中学3年生のクラスで学校について話した時のことを思い起こしていました。どういう風の吹き回しか、道徳の時間に僕の話を生徒たちに聞かせて欲しいと言う依頼があったのです。その道徳の時間を思い起こしていたらふと、
       「つややかに思想に向きて開ききる
          まだおさなくて燃え易き耳」(岡井 隆)
という短歌を思い浮かべていました。下の句が上から目線で、そんなに好きなものでもないのですが、思い起こしてしまったので仕方ありません。「開ききる」も大袈裟でよくありません。それは兎も角、僕はその道徳の時間に「耳」ではなくいくつもの「まなざし」に出会ってしまったのです。
 珊瑚舎スコーレの「スコーレ」はもともとは暇とか余暇を意味するギリシャ語です。それがやがて人々が集い学びあう場、つまり「スクール」という意味を持つようになります。夜間中学校の生徒の姿にその変容の過程を実感します。ずっと働き続けてやっとゆっくりできる時間が手に入った時、その時間は学びのための時間となりました。
 人は学ぶ生きものです。それが人の自然です。その学びは点数を競い合うようなものではなく、互いに他者を必要とする支え合うことから生まれる学びです。
 「珊瑚舎は楽しいです。競わないで支えあうから勉強が出来ない私でも来るのが楽しい。競ったら来るのがイヤになると思う」「今更学歴とか資格はいりません。勉強して今まで知らなかった新しい自分に出会いたいのです」夜間中学校の生徒の言葉です。
 何のために学ぶのか。人は自分を創る生き物です。納得できる自分になるために学ぶのだと思います。 人ほど社会から一人前として認められるのに時間がかかる生きものはいません。ゆっくりゆっくり人は人を育てます。
 生まれたばかりの赤ん坊は自分の髪型を気にはとめません。しかし、いつからか自分の納得できる髪型を自分で決めるようになる。自分を映す鏡が必要です。髪形だけではなく、自分のいろいろなところが気になります。今の自分がどんな自分かを映してくれるのが、他者です。教室に集うクラスメートです。
 理性と感性を磨くために学びます。脳味噌を掻き回し、ハートを磨き、言葉の世界を広げ深めることが納得できる自分を創るためには必要です。数学も社会も体育も美術もそのためにあるのです。人という自分自身を創る生きものに生まれた喜びを大切にしたいと思っています。
 こんなことを話しました。机にうつ伏せていた生徒や斜に構えていた生徒たちと視線が合うようになりました。そのまなざしを美しいと思いました。
 彼らには彼らの日常があります。僕も僕の日常に帰ります。僕の言葉が、今日の日差しを受けてテラスを一瞬過った鳥の影のように、彼らの心を紛れもなく過っていったことを願っています。(ほ)