>学校をつくろう!

  第66号より

「真南蛮 さんぴん食堂」への誘い
                             上田秀一

 友人の星野から珊瑚舎スコーレ(以下、珊瑚舎)の店がオープンするから沖縄に来いよと誘われた。そういえば珊瑚舎の活動にすっかりご無沙汰している。関係者の皆さんに会うのを楽しみに行くことにした。 珊瑚舎の店 「真南蛮 さんぴん食堂」が開店した。9月21日(日) のオープニングパーティには50人以上が参加した。その中には内装、仕上げに多大な協力をしてくれた方々がいて、自分たちで作り上げた店の開店を夜遅くまで喜んだ。パーティの様子の一部が写真入りで別のサイトで紹介されている。 (http://uenoida69.ti-da.net/)そこで僕は、営業を始めた22日のお店の様子を伝えよう。
 この店はスペースの半分で東南アジアの品物を売り、あとの半分を食堂にしている。開始時のメニュはフォー(ベトナムのうどん)、ネパールのココナツカレー、そしてココナツミルクの三品(店名の“さんぴん”の由来) である。この店を切り盛りしているのは珊瑚舎の専門部・東南アジア課程を卒業した二人、ミーコとカノコである。
 11時半の開店に間に合わせるつもりが強い雨に出鼻をくじかれて、結局12時過ぎにお店に着いた。赤い花柄入りの黄色のTシャツを着たオバアがカレーを食べていた。「美味しいよ、だけど持って帰りたいから」と言ってカウンターで店の二人から袋をもらい、残ったカレーを入れて帰った。
 少しするとたみえさん(居酒屋「たみえ」の女将で「りぼんクラブ」の会員)が来てフォーを注文した。調理を待っている間に電話している。「星野さんがカレー屋を開いた。美味しいよ。来ると良いよ」。娘を呼び出したのだ。たみえさんはフォーのパクチーを食べてみて、ウンこれは大丈夫と笑った。付け合せのベトナムの味噌ダレをいっぱい入れて食べた。ちょっと薄味だったのかもしれない。
 一組の母と娘の客が来た。よくベトナムに行くそうで、娘はサイゴンに留学したと言う。カレーとフォーを分け合っていた。娘は無口だったので強いて感想を聞いてみた。フォーの麺が美味しいと褒めた。ベトナムではスープは地域によって味が違うのでなんともいえないが、コクが無い感じだとつぶやいた。地域によっては牛肉に豚肉を合わせることでコクを出すのだそうだ。母娘は栄町市場の近くに住んでいて、たまたま食堂のメニュを見てベトナム料理が味わえるからと店に入った。料理は残さず食べて嬉しそうだった。さんぴん食堂のスープは、星野がベトナムで気に入ったフォー屋さんのレシピに基づいて牛肉と牛骨をベースに作られる。麺もベトナムから仕入れたものだ。店の二人は開店までの間何度も試作を重ね、本物の味を出そうと挑戦している。
 そのうち子連れの夫婦が来た。近くの人たちも来た。店が出す “ウージー茶”(サトウキビの表皮を原料にした食物繊維豊富な茶)を飲んだ一人はキューバに行ったときの話をした。そこではサトウキビは、サトウだけではなく、紙、板材などに利用して無駄にしない。豊かさを感じさせたその暮らし方に感銘し、帰国してから沖縄でも同じようにサトウキビの搾りカスを利用するようにと行政に働きかけた。最初は関心を持ってくれたが、結局回りの理解が得られずに上手く進まなかったそうだ。“ウージー茶”をサトウキビの味がするといってしみじみと飲んでいた。
 夜9時過ぎ、星野とエントモと一緒に店に行った。カレーは売り切れていた。今日は33名ほどの客があったそうだ。そこで、フォー一杯と、ココナツミルクを二つ注文した。店の二人の一日は、朝8:30に来て仕込みを始め、11:30に店を開け、夜9:30にラストオーダーで、10:00過ぎに店を閉める。二人は一日中緊張して過ごしたのだろう、受け答えが少しうつろだった。ココナツミルクはターゥム(芋)とバナナの味がミルクになじんできて昼よりも旨くなっていた。きっと明日はもっとやりくりが上手くなり、良い味を出すだろう。
 この店の設立の趣旨は真南蛮という名前にある。かつて沖縄は東南アジア諸国と日本などをつなぐ橋の役目を持っていた。そのころ沖縄では東南アジアのことを尊敬を持って真南蛮と呼び、平和な関係を築いていた。今ここで、珊瑚舎を卒業した二人が真南蛮を紹介している。現に、東南アジアに関心を持つ人がここを訪れて来た。
 僕には別の橋が見える。今までは、沖縄以外に住んでいる珊瑚舎の支援者が那覇に行ったら、星野、エントモ、ゲッチョ、かこちゃんに会って来ただろう。でもこれからは、那覇に行ったら「真南蛮 さんぴん食堂」に立ち寄ってみてはどうだろうか。ここで珊瑚舎を卒業した二人に会い、二人が丹精こめて作る“さんぴん”を食べる。さらに店には他の卒業生も来ているだろう。ここは珊瑚舎に出会えるもう一つの場所になる。ここに支援者が訪れるようになったときにもう一つの橋が実現する。訪れた人は星野が真南蛮から仕入れた宝物を見つけるだろう。

     「真南蛮 さんぴん食堂」の場所
 ゆいレール 安里駅から1,2分の栄町市場の中にある 。安里駅からスーパーマーケット「りうぼう」側に出て、ひめゆり通りを北に歩くとすぐに沖縄そば「あさとや」がある。ここを右折、二本目の路地を左折し、栄町市場入り口の角にある。
   営業時間 10:00〜22:00(食堂は11:30開店、ラストオーダー21:30)
   電話 098−884−5523


  学校の役割        その55

   前期の文章講座の自己評価ノートに「文章に表してみることはおもしろい、と改めて思った。何故なら自分自身が書いたことが自身に影響を与えることもある、と身をもって実感したからだ。」と書いた生徒がいました。
 珊瑚舎は「書くこと」を大切にしています。それを「声に出して読む」ことも大切にしています。「書くこと」は自分と向かい合い、対象化し、自分という存在に輪郭を与えることができる行為です。生徒たちが自分の力で自分を創るための手助けをするものであると考えています。
 2004年の夏休み前、僕の机の上にノートの切れ端に書かれた文章が置かれていました。


   「こどく」

ぼくはいったいなんのためにやっているんだろう。
なんのためにこれまでべんきょうしてきたんだろう。
なんのために世の中の問題をべんきょうしてきたんだろう。
ぼくは人のはなしについていけないことがある。
ぼくは人のきげんのために生きているわけではない。
ぼくはじぶんがまなんだことはしゃべれる。
でもぼくはそこらのたのしいことは、まなんでいない。
友だちはいない。
友だちをもつことはどういうことだろうか。
ぼくはそこらにあるたのしいことをあまりたのしいとは思わない。
ぼくはなかなか人とつきあわない。
ぼくはあんまり人とはなしをしない。
ぼくは友だちがほしくていろいろと人とあわせてやってきた。
たのしいはなしちょっとしたがなかなか友だちができない。
こういうぼくを見えるそんざいの人はうけいれてくれるだろうか。

   この生徒はLDでした。読むこと、書くことが大変苦手でした。はじめて提出された文章でした。珊瑚舎に入学して2年半ほど経っていました。同じ生徒が去年の3月に書いた文章です。


   「岩」

彼という人間は、今まで憎しみと後悔と言う岩をかかえて生きていた。もうそれを手放したと思っていた。しかし手放したのではなくそれに目をつぶっていたのだ。彼はできればこの重たい岩をすてたいと思った。しかし彼はその岩を手放したくないのだ。彼は、この岩をもつハメになったのは父親と母親のせいにしたかった。それをタテに夢と自信に反抗するようになった。しかしそれは甘えと身勝手な考えだった事に彼は気づかされたのだ。
  親はその当時とくらべて自分のあやまちを理解して反省しているのを彼は知っている。しかし、なぜ今も憎しみと後悔の岩をもっているのか彼本人にもわかっていない。しかし彼はこの岩をかかえてそれを手放せない以上は、それを受け入れて憎しみと後悔から許しと反省の岩に変えていきたいと思っている。彼は相手と彼自身を傷つけていた。親友はこの答えをもっていて彼にその事を言っていたのにそれを無視していた。今ならわかる。彼が憎しみと後悔の岩をもったのはだれのせいでもなく彼自身のせいなのだ。今は岩の重さをかんじないがそれがたまに重くかんじる事がある。これをかるくするには、どうするか。彼の人生で考えて行くほかはない。

 珊瑚舎を卒業し、現在は大学で国際関係論を学んでいます。(ほ)