授業検討会を終えて
高等部3年 手塚歌野子・大垣つわ
10月末に授業検討会をした。最初は各学年で、「この授業はもっと楽しくしなきゃだよね」という授業をあげてそれについて話し合った。問題になったどの授業も、「授業でこういうのがやりたい。というのは考えているけど、それを講師の人に言う勇気がない」という意見が多数出た。
楽しくて充実している授業は、講師の人とも普段コミュニケーションがとれていて、もっとこうしたいという事をその授業内で言える。だから普段からもっと講師の人とコミュニケーションをとろうという事になった。講師と生徒の間で遠慮なしに言いたい事(文句ではなく)を言える関係になれば、授業も楽しく受けられる。それが今回の授業検討会で確認できた内容の一つ。
もう一つは自己評価ノートについて。自己評価ノートはこれまでの自分がどんな態度で授業をしてきたのかという自分の取り組みを評価するためのノートのはずなのに、最近は課題のようなものになってしまっているのでは?また、自分達も少し適当に書きすぎなのでは?という事から話し合いになった。課題のようなものになってしまったのは、講師の人が「生徒はこの授業で何を学んだのか、ちゃんと頭に入っているのか」を知りたいからなのだろう。逆に生徒は「授業内容をただ聞くだけではなく、どういう風に授業を作っていきたいか」という事を聞いて欲しかったのだ。授業内容を振り返るのももちろん大事だが、授業に対しての気持ちや考えなども自己評価ノートに入れて欲しいと思う。(偉そうですみません。)こんな偉そうな事を言ったのだから、自分達もきちんと今まで以上に自己評価ノートに向き合って、しっかり書かなくてはいけないと思う。
それとは別に生徒から講師への自己評価ノートも作ってみては?という事になった。各授業で自分達が講師へ何を聞きたいのか話し合い、それを自己評価ノートにして講師の人に書いてもらいたい。そうすることで講師も生徒もお互いに一緒に作る“自分たちの授業”という意識が持てるのではないかと思う。今制作中です。
授業検討は難しい。まだ授業内容を話し合うまでには至っていないが、改めて授業に参加することの意味を考えられた授業検討だったと思う。
学校の役割 その46
じんぶん講座(高等部1年か2年のいずれかで受講します)の大きなテーマに「リベラリズムとトレランス」を取り上げています。リベラリズムは人間の自由と尊厳を尊重しようとする意思と行為を大切にすること、トレランスは寛容ということです。とりわけ、リベラリズムを否定するような行為に対してリベラリズムを尊重する道筋を歩もうとする意思と行為と考えています。
最近、トレランスよりゼロ・トレランスという言葉のほうが日本でも学校教育をめぐって聞かれるようになりました。「無寛容」と訳せますが、それより「甘やかすな!」という言い方のほうが適当だと思います。これが注目されたのは、犯罪の発生率の高さに頭を痛めていたニューヨークの市長が、現在は共和党の有力な次期大統領候補ですが、ある心理学者が提唱した「割れ窓理論」というものを参考に、どんな軽微な犯罪も見逃さずに検挙した結果、例えば地下鉄の無賃乗車や落書きが減った結果を受け、犯罪の抑止に有効な考え方として評価されたのがきっかけです。もちろん、有効と考えることには批判があります。
現在、非公開で行なわれている現内閣の目玉の一つである「教育再生会議」も始めから結論ありきのゼロ・トレランスを柱とした答申を出すでしょう。規律と罰則の徹底、競争原理による学校運営です。
当たり前のことですが、ダメなことはダメです。何がダメで、そのダメにどう対応するかで学校、ひいては世の中の姿は違ってきます。「女は生む機械」発言の厚生労働大臣を罷免するのとしないとでは国の姿は違ったものになります。もちろん、罷免とトレランスは矛盾することではありません。
ゼロ・トレランスの考え方でもっとも危惧するのは、管理する側、つまり「甘やかさないぞ!」と思って人間を見ている側が、自分自身の中にある「甘やかさないぞ!」を「甘やかす」ことです。規則や制度、権力の都合が優先され、人間の宝物である対話と想像力が蓋をされてしまいます。白々しい世の中になってしまいます。
珊瑚舎でこんなことがありました。うりづん庭のオープニングで座開きの歌と舞として沖縄では欠かせない「かぎやで風」を披露することになりました。昼間の生徒と夜間の生徒の合同です。歌・三線は昼間の生徒二人に決まりました。二人は「かぎやで風」は始めてなので練習がうまくいきません。夜間の生徒がうまくできないことをからかって笑いました。一人がその場にいるのが辛くなり、部屋を出ていってしまいました。さらに、追い討ちをかけるような一言がありました。立派な舞台にしようという気持ちからだったのだと思います。
その事情を知って、僕は練習を直ちにやめてもらいました。夜間の生徒に「一生懸命なのに、できないことをからかわれる辛さをみなさんは知っているはずです。上手にできることよりもっと大切にしなければならないことがあると珊瑚舎は考えています。夜間の授業でも、できる、できないことより大切なものがあると言っています。理解して下さい。謝らなければならないと思ったら、謝って下さい」と話しました。
翌日、夜間の生徒が「言い過ぎて悪かったから、これを昼間の生徒に渡して欲しい」と言って、沖縄てんぷらとサーターアンダーギーを作って事務局に届けました。ぼくは、「直接、生徒に渡してください」と言って受け取りませんでした。しばらくして、練習の合間にみんながおいしそうに食べていました。
トレランスは想像力を必要とします。想像力は葛藤と対話から生まれます。「学校をつくろう!」を拒否するような言動に対しても、「学校をつくろう!」という姿勢で臨まなければなりません。
珊瑚舎は常に「学校をつくろう!」を試されています。「作ろうとする道のり」の喜怒哀楽をみんなで分かち合いたいと思います。(ほ)
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