>学校をつくろう!

  第54号より
第2回 修学旅行IN屋久島

 珊瑚舎の修学旅行は毎年定期的に行うものではありません。生徒たちがやろうよ!と声をあげてその準備がスタートします。1回目は4年前でした。専門部の学生が提案して船で台湾に旅をしました。今回は昨年の秋に高等部の生徒たちから声があがり、奄美、西表、屋久島の3つの候補地を検討し屋久島に決定しました。時期は夏休み後半の9月の10日間です。費用を抑えるためとゆっくり行こうじゃないかということで往復船を使うことになりました。9月に沖縄から鹿児島まで船でむかうのは台風を考えると無謀な気もしましたが、9泊で5万円ではやむをえません。案の定、しっかりと台風と出会ってしまいましたが。
 今回の修学旅行は屋久島の白川部落の皆さんの協力で実現しました。公民館の“やまびこ館”を快く提供していただき、また交流会に参加してくださったり、ワークショップを開いてくださるなどいろいろお世話になりました。ありがとうございました。
 9月13日、17名で朝7時の船で出発しました。参加した生徒たちの感想です。

・ 山滝駿介
 何もない島で七日間も過ごした僕は、家に向かう車の中で、呆然と窓から外を見ていた。  それはまるでとてもいい夢から覚めたような感じだった。つまり僕にとってあの島はそれほど現実離れした世界だった。ふりかえって見れば一日目は、眠かったという印象しかなかった。そして二日目、ついに鹿児島に着いた。そして見物する暇もなく屋久島行きの船に乗せられた。到着まで時間がかなりあるなか僕は、時間の使い道を考えていた。
 そうこうしている間に船は、島に着いた。島に降りると一見そこは何も不自由しなさそうな普通の島だった。だが、バスで数分行ったところはまるで別の世界が広がっていた。そこは、本当に自然しかないような場所だった。僕はこれからここで、七日間もやっていける自信がなくなっていた。そうこうしている間に夜になり僕のグループは風呂焚きで、いきなり難関にぶちあたった。その日は、雨が降っていてなかなか火が燃えてくれず悪戦苦闘して僕らは、手を焼いていた。あっという間に寝る時間になり、僕は爆睡した。朝はあっという間に訪れた。外はまだ暗いなか僕らは起こされた。今日は山に登る日だ。山に向かうバスの中で僕は、自信に満ち溢れていた。だが、帰りのバスの中もう二度と山には登らないと誓った。翌朝、くんせい作りに挑戦した。僕は作ってる途中「これは俺の天職かも」と思うぐらい出来が良かった。そして出来上がり、これは本当においしかった。今日の行事は屋久島一周。この日が一番楽しかった。なにせ一日の半分が車の中だったのだから。けれど窓に写る景色は格別にキレイだった。
 次の日、白谷雲水峡へ行った。そこの風景はとにかく良かった。そしてその後に永田川の上流で泳いだ。そこは、海みたいにベタベタせずにすんだので気持ち良かった。その後、天体観測をしてとても印象に残る星空だった。そして最後の日、僕は港で後ろ髪を引っぱられるようだった。
 そして僕の夢のような日々は終わった。

・大垣 つわ
 久しぶりの故郷、白川山。珊瑚舎の皆と一緒にいるのはすごく不思議で面白い。一湊から歩いた時も、知らない道を歩いているみたいで新鮮だった。排気ガスもないし近くにコンビにもない。あるのは自然だけ。都会っ子のみんながやっていけるのかすごく不安だったけど、みんな楽しく過ごしてくれたみたいで本当に良かった。あたしは実際、屋久島のコトを良く知らない。黒味岳に登るのだって初めてだったし、白谷雲水峡だって2回しか行った事ない。何もかもが新鮮だった。皆でご飯を作って、お風呂を焚いて。黒味岳に登ったとか、白谷雲水峡に行ったとかより何より、皆と白川山で生活した事がすごく印象的な修学旅行でした!

・湯本 悠樹
 屋久島はとても良い所だ。珊瑚舎のみんなと行って楽しかった。初めは珊瑚舎の人と屋久島に行くイメージがわかなかった。ちゃんと楽しめるかなあとも思ったし、いい場所を分かってほしいとも思った。生まれた土地なので、思い入れはとても大きい。生まれて、二才の時までしか暮らしていない。記憶もほとんど無い。それでも何回も来ると懐かしさを感じることが出来る。やはりこの島は特別だ。行きの船の中ではとてもわくわくした。だから二十五時間ぐらいかかったけど、あまり退屈しなかった。桜島は曇っていて良く見えなくて、残念だった。四時間後に屋久島に着いた。久しぶりに吸った屋久島の空気は美味しかった。バスで一湊に向かった。そこで降りて、白川山まで歩いた。懐かしい昔も良くこの道を通った。森の中ではすべてが美しい。四十分ぐらい歩くと、やまびこ館に着いた。次の日登山に行った。黒味岳の山頂から見える景色は絶景だった。登ったかいがあった。次の日は小林さんに紙すきを教えてもらった。すいた紙に色々な葉、花、実などを入れる。そして水気を切り、太陽にあてて、乾かす。出来た和紙はなかなか良かった。夜、交流会をした。すばらしい交流会だった。楽しく、暖かかった。あくる日は、屋久島を一周した。西部林道を散歩していると、心が穏やかになるようだ。滝は涼しく気持ち良く、迫力があった。屋久島の川は本当に綺麗だ。次の日は特に何もしなかった。でも雨の音を聞きながら過ごすのも気持ち良かった。白谷雲水峡に行った。屋久杉はとても古く、太古のロマンを感じさせた。ただただすごい。そして帰る日が来た。屋久島の人々も親切にしてくれてありがたかった。お世話になりました。

・浦川 聖
 修学旅行で楽しかったことは燻製作りをしたことです。ソーセージと飛び魚の燻製はものすごく美味しかったです。特にソーセージの美味しさは今でも忘れません。次に楽しかったことは屋久島の川へ行って遊んだことです。最初に川に入った時はとても冷たかったから、途中で岸に上がって再び入った時は川の冷たさにだんだん慣れてきたので遊べるようになった。上流区域に行くと飛び込みが出来る場所を見つけて、飛び込む時がけっこう面白かった。屋久島の自然はとてもきれいだった。自分たちで沸かしたお風呂はとてもいい湯だった。屋久島への切符は僕にとって最高の贈り物でした。

・井上 来夢
 修学旅行での思い出は、行きと帰りがフェリーで一日半かかって少し船酔いになったこと。 屋久島に着いてからバスに乗ってさらに歩いて1時間ぐらいかけて、泊まるやまびこ館に行きました。けっこう歩いてたら疲れてきて「まだつかへんのかな」と思いながら歩いてやまびこ館に行きました。
 登山で黒味岳に登りました。最初は、頑張って最後まで登ろうと思ってたけど、登って行くうちにだんだん疲れて来て最終的には、途中でダウンして休んでしまいました。修学旅行の中で自分の誕生日の日があって、その日の夜にみんなに祝ってもらってすごく嬉しかった。今年の誕生日はとってもいい日だなっと思いました。

・宗籐 遼馬
 修学旅行で、一番面白かったのは黒味岳です。黒味岳に登る日の朝は早くて死ぬかと思った。でも頑張って起きて、そして迎えのバスに乗りその時はまだハイテンションだった。バスは山の中を走って行った。そして、バスを降りてみると天気はあんまり良くなかった。そして、軽く体操をして、いざ登る。30分位経った時にもう息はハァハァしていて、このまま登れるかどうか分かんなかったけど、気合で登った。もう何時間登ったかは、分からなかった。そうこうしていると、花之江河に着いた。そこで、昼ご飯を食べた。もう正直そこにぶっ倒れていたかった。でもまだまだ死ぬ訳にはいかず、最後に気合を出し頂上に行った。頂上の景色は、絶景だった。その景色を見て、ホロっときそうになった。しばし楽しんだら下山した。こうしてまた僕の思い出が一つ増えたのであった。

・我那覇 宗伯
 自分にとって今回の修学旅行は、忘れられない思い出になりました。船で沖縄から鹿児島に行き、次の船での屋久島行きは、多少ひまと疲れがありました。船が屋久島に近づいた時、雲にまで届いている山が見えてきました。自分は見て“町と自然が共同体なんだ”と思いました。はじめて白川山に着いた時は、まわりは森と山がいっぱいだったので名護を思い出しました。白川山で忘れられないのは、ゴエモン風呂に入った事でした。はじめ入った時は、湯の温度は三十五か四十度ぐらいの熱さでした。その時は入るのをやめようかと思いました。ここは我慢と、自分に言い聞かせ入りました。熱さと湯気があって入りにくかったですが、とても気持ち良かったです。あと忘れられないのは、はじめて数え切れない星空を見た事と、流れ星を見た事です。名前は覚えていませんが、交流会に来ていたおじさんが星座とギリシャ神話について話してくれていました。その話の内容は良く覚えていませんが、こんなに綺麗な星空を観察する事で人間は色んな創造をしたんだなと思いました。他にも印象に残った場所がありますが、白川山での体験が一番印象に残った体験でした。

・瑞慶覧 長俊
 一番記憶に残っていることは、黒味岳に登山したことです。僕は登山をするのが初めてだったので、どんな感じなのか期待でいっぱいでした。始めは、休憩所で休んでる時に意外といけるんじゃないかと思った。けど、出発して数十分たった時、坂が多いし、なかなか着かないし、本当に登山出来るのかと思ったら小花之江河に着いた。あともう少しだと思ったらまたさらに歩いたら今度は花之江河に着いた。昼飯を食べてい時に、鹿が奥から出て来た。また思い出が増えたなと思いながら景色を見ていた。休みなしで頂上まで目指して行った。坂がきつくて気力で頑張ってたら、いつの間にか頂上に着いた。着いてすぐの時は景色がすごく良くて、登って来たかいがあったなと思った。けど、すぐに霧が全体を覆ってあまり見えなくなってしまった。とてもきつくて疲れていたけど、とても思い出になる一日になった。

・平良 久美子
 朝起きると雨だった。
 今日は本当なら縄文杉へ登山の予定だったのだが、あいにく台風にみまわれてしまって今日中はやまびこ館に缶ヅメになるだろうと予想された。昨日の黒味岳で疲れた足、腰、肩を思う存分休ませようと二度寝したはいいがうまく寝入れなかったので仕方なく起きて朝食を食べた。そうこうしているうちに、「今日は映写会をしよう」と賢至さんがプロジェクターを持ってやって来た。まず最初に、詩人だった山尾三省さんのビデオを見た。山尾さんは白川山にかかせない存在らしく、ビデオを見て自分も今度山尾さんの詩を読んでみようかと思った。次に、賢至さんおすすめの「蝶よ花よ」というDVDを見たのだがそれが非常に良かった。最初は胡乱な目で見ていたのだが、子役が歌いだしたとたんビックリした。演技はとてもうまいとは言い難いが、歌がすごく上手なのである。鳥肌までたってしまった。一気にそれまでのだらけた気を引き締め、画面を見つめなおした。それは小さな小学校の子供達が転校してしまったミュージカルクラブの友達に会いに行って、最後には一緒にミュージカルをするという内容だった。物語も演技もけして上手とは言えないけれど、どうにも画面から目が引き離せなくなってしまって子供達が再開するシーンなどうっかり涙しそうにまでなってしまった。今まで見てきた映像作品の中でもこんな感覚は初めてだった。役者達がまた一生懸命にやっているのが感じられたと思うし、各場面それぞれの歌がまた楽しかった。歌っている子役は作中では小学生。だが実年齢もそう大して変わらないだろう。そんな子達が低音も高音もハーモニーも気持ち良く歌い上げているのである。ぜひサウンドトラックが欲しいと思ってしまった。
 後日、考えてみると屋久島修学旅行で一番心を落ち着かせて楽しんだのは、台風で缶ヅメになったこの日なのだと思う。慣れない集団生活に音を上げそうになっていたせいもあると思うが、その日すばらしい映像作品に出会えたことをとても嬉しく思っている。

・小野寺 玲
 疲れた。「修学旅行どうだった?」と聞かれたら、何よりもまずそう答えることにしている。修学旅行の事を思い出すと、真っ先にそして本当にリアルにその感情が現れるからだ。決して楽しくなかったわけではない。ただ楽しいという感情より、疲れの方が幾分大きかっただけなんだろう。 だけどそれだけ疲れておきながら「何か得られた?そこから学べることはあった?」と聞かれたら、僕は答えられない。酷く疲れて、何か得たのか分からず、記憶さえも遠ざかり始めている。一体この旅行は何だったのだ?例えば十年後の自分がふと思い出した時、この旅行についてどう思うだろうか?ひたすら疲れる旅行だった。と、自宅のソファーに座って、笑いながら言うかもしれない。そう、きっとビールでも飲みながらそんな旅をしたことを、懐かしそうに眺めるのだ。

・坂本 楽
 想像していたよりずっと楽しく充実した修学旅行になった。鹿児島の湊でみんなと会って沖縄に帰るまでの間に珊瑚舎のテーマ「学校を作ろう」がはじめて今のメンバーで出来た気がした。 毎日薪で風呂を炊いて食事を作って、ただその事が一番の思い出だった。ガスも何もない所だから出来る事。今沖縄で物に囲まれてる中で屋久島を思い出すといらない物が多すぎることに気づく。10日間の白川山の生活は一日一日がキレイだった。ムダな事がほとんどないすごく格好イイ生活スタイルだと思った。

・手塚 歌野子
 珊瑚舎のメンバーで屋久島の白川山に泊まるのは面白い・変なことだった。“やまびこかん”で並んで寝て、火で風呂をたき、ご飯を作った。普段、都会っ子をしているみんなが、わりと楽しそうにしているのが嬉しかった。白川山の人々とも、楽しい交流会が出来た。あんなに楽しく追われるとは思わなかったので、白川山に来て良かったと又思えた。
 一週間の滞在はとても短く、あっという間だった。もっと白川山で出来るいろんな事をたくさんしたかったけど、それは“修学旅行”ではないモノかもしれない。もっとやりたいと思う人は又屋久島へ行こう。

・金城 由希子
 最初、那覇港から船に乗り一日が過ぎて、鹿児島に着きました。鹿児島から屋久島行きの船に乗り屋久島に着きました。私は歌野のお父さん、お母さんによろしくお願いしますと言いました。今回の一番の思い出は、白谷雲水峡に行ったことです。屋久島の木と川は沖縄よりきれいだなぁと。それに、温泉は一番気持ち良かったです。
 でも、縄文杉に登れなかったのがショックでした。今度自分で屋久島に来て、すぐに、縄文杉に登りたいです。それから、つわ、歌野に言いたいです。
 私は沖縄も好きだけど、屋久島が大好きになりました。ありがとうございます。私は、屋久島に行って良かったと思います。なぜなら一番自然がいっぱいあることを知りました。

・宮城 遵多
 修学旅行1日目、鹿児島行きのフェリーに乗った。とにかく船酔いした。激しく!!
 鹿児島に着くとすぐに屋久島行きのフェリーに乗った。あまり船酔いしなかったのでスロット北斗の拳をした。なかなか当たらない…悔しかった…。
 屋久島に着いて次の日にキツイ山を登った。思いやつを背負って…くじけそうになったけど皆が助けてくれた。やまびこ館に着いたら、正直ヘトヘトでした。水が特にうまかった。今の記憶にはこれしか思い出せない。 二代杉は本当にすごいと思った。カメラで写すと、ありえない写真になってしまいました。縄文杉も見たかった。滝にも行きました。カメラで写すと指が写っていました。それを見た親が悔しがっていた。交流会は、とても記憶に残っています。モノマネをすると皆は笑ってくれてとても嬉しかった。屋久島から沖縄に帰る時には、すごく寂しかった。涙が出そうだったけど出ないように踏ん張った。船酔いよりか屋久島から離れる寂しさの方が圧倒的に多かった。沖縄と屋久島を比べて見ると、8対2で屋久島の方が圧倒的にすごいと思いました。今の沖縄はダメです。時間があったらまた行きたいです。


学校の役割      その44

 今度の首相は憲法と教育基本法を改正して「美しい国」をつくるといいます。そのために教育改革を最重要課題として位置づけています。「美しい国」というキャッチコピーにしたたかな周到さを感じます。この人にはこのコピーと判断できるスタッフが身近にいるのだと思います。例えば、ある野党の党首を思い浮かべて下さい。このキャッチコピーは似合いません。僕なら没にします。
 「美しい」という形容詞も、「国」という名詞も面白い言葉です。曲者かもしれません。「美しい」は日常よく使われる言葉のように思えますが、日常の会話などではあまり使われない言葉です。類語の「綺麗」とは異なり、よそ行きの言葉のような性質があります。もう随分以前のことですが、喜劇役者が「美しい」をギャグにして人気者になりました。よそ行きとバタ臭さのギャップの面白さが人々に受けたのだと思います。
 「美しい」はもちろん情緒的、感覚的なものです。その情緒的、感覚的でよそ行きの言葉である「美しい」は、使われ方次第で美しいとは感じていないものを美しくしてしまうような力があります。正確な比較にはならないところがありますが、「可愛い」が可愛い対象ではなかったものを可愛くしたのと似たところがあります。
 マスコミなどのアナウンス効果で「美しい国」が流行語大賞になるのではないかと、ちょっと気になっています。「可愛い」の氾濫は政治的な意図とは無縁なものでしたが、「美しい」は政治的な意図が今まではよそ行きにしか使わなかったものを普段着にして、高級願望をくすぐる可能性があります。「可愛い」は可愛い範囲を広げましたが、「美しい」は「醜い」、「ダサい」、「キモい」、「カッコワルイ」などを押入れの隅に押しやり、さらに「美しい」の範囲を狭める可能性もあります。大したものを身に付けているわけでもないのに自分しか写らない鏡を前にひとりよがりの「美しい」に酔うようなことにならないようにしたいものです。
 美しいものも、美しくないものもあります。美しいの枠の中に入るものだけしか見ようとしなかったり、あるいは美しいの枠の中に人や国を入れようとするのは、政治家の常套句を使えば「如何なものか」というなんとも美しくない日本語になります。 国という言葉も漠然としています。しかし、政  治の場面で論じられる場合は国家という制度や権力を意味します。制度や権力によって「美しい」ものは現れません。人が美しいものを生み出すことができるとすれば、それは巧まざる結果として現れるものです。だから、「美しい」という言葉には類語の「綺麗」とは別の意味合いがあるのです。綺麗にするとか、綺麗にできるとは言いますが、美しくするとか、美しくできるというような言い方はあまりしませんし、したとすれば胡散臭くなるのです。
 もちろん、国家と同じように学校も一つの制度です。珊瑚舎も一つの制度としてあります。珊瑚舎が美しくなることはありません。できることは生徒や学生の自己実現の手助けを模索し続けることです。美しくも何ともありません。そのような価値とは無縁のものです。それを、初っ端から「美しい珊瑚舎」などと固有名詞を使って声高に叫べば誰からも相手にされません。
 美しい「日本」としたいところを、固有名詞にせずに美しい「国」という普通名詞にしたコピーライターは周到です。「美しい」は情緒的で感覚的です。「国」は漠然としています。「美しい国」は模糊としています。でも、人をくすぐります。「美しい」がくすぐるのです。模糊としているということは見方を換えれば、「美しい国」というコピーはある意図を言葉の中に盛り込みやすいものとも言えます。だから、今度の首相が書いたという本の題名にもなるのです。(ほ)