>学校をつくろう!

  第49号より
専門部フィールドワークに参加して
島の味、人の味                             専門部1年 あっこ

 私は琉球の小さな島々を訪れるのが好きで、数年前からいろんな島を旅して歩いた。
最初は海に惹かれて。そして島の人々や人々の暮らしに惹かれて。今回、珊瑚舎でのフィールドワークということで、今まで訪れた島であっても、きっと新しいものに出会えると心躍らせての参加だった。
 第1回目は宮古島。講師は宮古島の三線の師匠でもある樋口かこさん。本来、多良間島へ8月踊りを見に行くことが目的であったが、予定された日程は台風のためキャンセル。
 祭り自体はもう見ることはできないけれど、キャンセルになった時点で、国立劇場の舞台で観た「8月踊り」の祭りに携わる方との交流が予定されていたので、楽しみにしていた。・・・ところが。今回も台風発生のため、宮古島まで行きながら多良間島に向かうことはできなかった。今年は本当に多良間島とは縁がなかったのだ・・・・。
 しかし、宮古島を存分に堪能することはできた。
 車中では、かこさんの「くいちゃー」や「あやぐ」についての話を聞き、夜は三線を聴いた。(三恵子さんの踊りつき。やっぱり珊瑚舎はいいな〜。)豊見親や鬼虎に思いを馳せながら・・・。なんといっても心に残っているのは、かこさんのお知り合いの方が、突然朝にお家に呼んでくださったこと。一緒に港まで行き、かつおを一匹さばいて見せてくださり、自宅でのご馳走会。池間ご出身のご主人の、独特の話し方で語られる色んな話を聞きながら、そのもてなしの心が嬉しくて、朝ごはんを食べていたにもかかわらず、みんなお腹がはちきれんばかりに、新鮮なおさしみやガザミをいただいた。
 自宅へ向かう前に、まず漲水御嶽(パルミズウタキ)へ連れて行ってくださったことに、島の人の御嶽への信仰を大切にしている心を感じた。旅立つときはまず御嶽に、帰ってきたときも御嶽に。その心がまだ生きているのだろう。一度も立て替えられたことのない立派な貫禄のある御嶽を誇らしげに紹介してくださり、こちらも厳かな気持ちで、宮古島に来させていただいてありがとうございます・・と心の中で唱えた。
 2回目のフィールドワークはゲッチョ先生と行く「西表島、星立の節祭(シチィ)と自然観察の旅」。西表島は大好きな島で何度か行っていたが、自然豊かな島に、ゲッチョ先生と行くというので期待は高まる。メンバーもぐっと増えて総勢7名。
 節祭については珊瑚舎の宮良安彦先生の授業で、「昔の正月、ぐそう後世の正月」と呼ばれていることや、その流れや意味について学習していたが、見るのは初めて。
 美しい旗頭。そして、紺地に赤の効いた衣装の女性たちと白い衣装の男性たちが浜にいっせいに並んだ姿は、とても美しく神秘的だった。サバニ競争のときに女性たちが波打ち際まで行き、海からの豊穣を招く手の動きは、御嶽で祈りを捧げていたおばあたちの手の動きと共に、今も心に残っている。
 どこの島の祭りでもそうだが、ここでも村の人々が少ない人数で、大事に祭りを行っている様子を見ることができた。何度か琉球の祭りを見る機会があるが、いつも思うのは、祭りが「生きている」ということだ。島の人たちが、形だけを残そうとしているのでなく、若い人たちも楽しんで行っているように見える。
 ただ、後から聞いた話では、おばあの跡継ぎが決まっていないことなどから、これからはどうなっていくのかわからないようだ。実際、今では節祭が行われているのは八重山でも3つの地区だけだという。諸行無常ではあるが、もし祭りがこの先なくなるようなことがあれば大変残念である。
 西表島でのもう1つの目的である自然観察では、マングローブの生き物観察やジャングルに入っての観察、浜辺での漂流物拾い、夜の生き物観察など、今までの旅ではまったく見ていなかった、知らなかった生き物たちにも多く出会うことができた。
 動物好きではあるが、虫や植物というものにはあまり関心がなかった私だが、丁寧に名前や特徴を教えてくださるゲッチョ先生との観察会は大変楽しく、その土地でしか出会えない生き物たちへの関心がだんだん生じてきた。少し知るとおもしろくなるものである。ヤエヤママドタル、ハスノミカズラ、オ キナワウラジロガシ、アサガオガイ、スズメガ、ヤエヤマヒメガエル、カタゾウムシ・・・等々。
 メンバーの大村さんやみゆきさんからも色んな生き物を教えていただいた。みゆきさんはミフちゃん(3歳)を連れての参加だったが、ジャングルに入るときもおんぶして、たくましくさわやかだった。
 3回目の与論島への旅は、なんと!日をおかずに、西表から那覇に到着したその足で、与論へ向かうというものだった。行く前は「なんとハードな旅か。」と思っていたが、今回の講師はタケシゲさん。「心の洗濯に行く。」というかっこいい言葉を信じてフェリーに乗った。ここで、三恵子さんと私以外はメンバーチェンジして総勢6名。
 与論島では「十五夜踊り」を見た。私たちが行ったときは、神社への祈願と同時に地元の相撲大会が行われていたのだが、暗くなってから奉納された踊りは、月夜に顔を隠した踊り手(男性)たちが、手踊りをしたり、狂言をしたり・・・と初めて観るには神秘的で、おもしろいものだった。地元の女性から聞いた話では、踊り手の方は現在も踊りの数日前から家畜に触らない、葬式や出産祝いに出ないなどのきまりを守って生活されるそうだ。
 ところが、相撲のときは地元の人たちも多数観戦して盛り上がっていたのだが、いざ踊りの奉納になると多くの方が帰ってしまわれた。タケシゲさんによると以前はこうではなかったそうで、1年に3回奉納される踊りとはいえ、時代の流れを受けて、地元の人たちの気持ちも変わってきているのかと寂しい気持ちがした。
 また、与論島は小さいがゆえに大変素朴な感じのする島で、あまり観光するようなところもなく、実際に亀が泳ぐところを見ることができるような美しい海や海岸が残されていた。だが、せっかくの海岸を、日本の他地域と同様、どこの海岸とも見分けがつかないように埋め立て工事していた。
 与論島は現在は鹿児島県だが、琉球に所属したり、鹿児島に所属したりと時の政治によってその運命は翻弄された。今でも琉球の言葉や食べ物、文化がいたるところで見られたが、行政区は鹿児島県。しかし、与論島は与論島。琉球でもなく、鹿児島でもなく、「与論島」という気持ちを島の人たちがいつまでも持ち続けて(または再発見して)、自然もこのまま残して欲しいと勝手なことを思った旅だった。
 以上3島をめぐる旅が終わってしまったが、それぞれの島の味を存分に味わうことができた旅だった。それに、同行した人々と島で出会った人々の味も加わり、このメンバーでの、この旅でしか味わえない、一回こっきりの味があった。
 旅が終わってまだそんなに日はたっていないが、これから私の中で、この旅で撒かれた種が芽吹くのを、私は楽しみに待っている。   


学校の役割      その39

 メールで配信されている「HFMエコロジー・ニュース」が珊瑚舎に届きます。HFMは広島フィールドミュージアムの略で、広島県在住のKさんが作っています。その31号の記事を抜粋させて頂きます。
 『昨年、西中国山地では、表に出ているだけでも230頭以上のツキノワグマが捕殺されてしまいました。ちなみに同地域でのツキノワグマの推定生息数は280〜680(中央値480)で、それからすれば、この捕殺数は決定的な数値です。西中国山地のツキノワグマは本州最西端の孤立個体群で、環境省RDBでも「絶滅のおそれのある地域個体群」と認識されており、その保全には「特定鳥獣の保護管理計画」が適用され、広島・島根・山口の三県が共同して計画を立案推進しています。その計画によれば、年間48頭を捕殺(除去)の上限と定めています。しかし相次ぐ、集落への出没でなすすべもなく、手当たり次第捕殺という解決策が公然と実施されてきたのです。』
 読んで、思いつくままに。
 ハリケーン、カタリーナは大きな被害をもたらしたそうです。とりわけ貧困層が多く住む地域の被害は甚大だそうです。ブッシュ政権の対応の遅れと同時に災害対策の不備を非難する声があがっていると聞きます。貧困なアメリカ国民は守られなかったようです。
 イラクにはイラクの国民を独裁者から守るために軍隊を派遣しました。ならず者は手当たり次第やっつけ、リンチにかけているようです。どうも彼はプレジデントと言うよりテロジデントではないかと思います。
 イギリスはテロから市民を守るために手当たり次第不審者を拘束できるようになったようです。フランスでは「社会のクズ」は手当たり次第やっつけると息巻く政治家の人気が高いようです。 「有事」は「手当たり次第」をまかり通してしまいます。有事を煽って選別、差別と排除の理不尽を正当化するレトリックの使い手も現れます。結構、人気者になったりします。
 「有事」と言えば、温暖化に伴う海面の上昇で国土が水没してしまう国があります。まさに「有事」です。国民全員の移住を余儀なくされています。温暖化に加担する連中はならず者です。京都議定書を反故にしたり、守ろうとしない国はならず者国家です。日本はならず者国家同士の強固な同盟を恥じ、水没の危機に直面している国々とこそ強固な非戦安全保障同盟を組み、ならず者国家を変容させる努力をしなければならないと思います。非戦安全保障同盟の証しは憲法9条1項2項です。
 ところで、熊ですが、熊にならず者はいません。熊からみれば人がならず者です。ならず者は手当たり次第をやってのけます。手当たり次第を批判されると「人より熊の方が大切なのか」と居直ります。「テロリストを擁護するのか」も同じです。
 理不尽を理不尽でつぶしてもまた理不尽が頭をもたげます。結果はさらに強引な理不尽を生む土壌を作るだけです。結果から考えるのではなく、原因から出発して問題を解決しなければならないと思うのです。
 宮沢賢治が「なめとこ山の熊」とうい作品を書いています。熊撃ちの小十郎は仕留めた熊に「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生まれなよ。」と語りかけます。その小十郎は熊に殺されます。因果です。因果ですが、理不尽な命のやり取りとはまったく別の生きることと死ぬこと、命の重みを教えてくれます。(ほ)