慰霊の日を終えて
高等部1年 小野寺 玲
「慰霊の日、珊瑚舎では憲法九条について考える日にします。午前中は弁護士の仲山さんを交えて憲法九条について話し合い、午後は九条についてのビデオを見ます。」そうエントモさんから聞き、僕の心は躍った。僕は前々からこういうのをやりたかった。
「慰霊の日」僕は地元にいたときその言葉の意味さえ知らなかった。しかし沖縄へ来てその日は誰もが知っている事で学校も会社も休みと知り、沖縄と地元(または本島?)とのギャップに驚かされた。
「慰霊の日」それは本島的に沖縄戦の終結を告げる日だった。本島的にと言ったのは現実戦争は終わらなかったからだ。その日、日本軍の牛島中将が自害し沖縄で日本軍は負けた。だが、その後も沖縄住民とアメリカ兵との戦いは続いた…そして今に至る。アメリカ兵は未だに沖縄に居続け、住民の被害は絶えない。日本は沖縄を見捨て、住民は基地に対する激しい抵抗を続けている。ある意味沖縄とアメリカ兵の戦いは未だに続いている。
慰霊の日当日僕は少し緊張少しわくわく(言かたはは悪いが)しながら珊瑚舎へ登校した。午前中は仲山さんが慰霊の日とはどういう日か(先ほど書いた様なこと)とか九条は誰がどのように作ったとか色々な話を聞いた。午後は九条のビデオで世界中の人は九条についてどう思っているか学んだ。
しかし、この日は僕が当初思っていたものとは違うものとなった。良い悪いは別として。僕はエントモさんが話し合いをすると言ったから楽しみだった。だが本当は話し合いではなく話だった。僕はみんなの意見が聞きたかったし、自分の意見も言いたかった。だからと言って、あの話が意味がなかったとかは全然思っていない。
「戦争はだめ!」僕は中学生ぐらいまで半ば暗示的にそう思っていた。戦争の悲惨さを学び、その悲しさも学んだ。だがそこから色々な問題を考えようとした時僕は立ち止まってしまった。小学校、中学校と学んできたことはなんだったのか?「戦争はだめ!」は戦争についてしか通用しない事で、今現在ある多くの問題の手助けにはなってくれない。僕は知識はあったがそれは人の考えを真に受けただけで、自分で考え自分の価値観を持つことをしてこなかったのではないだろうか?
事実や人の思っている事を知るのはとても大事な事だと思う。だが自分達で考えるのも同様に大事なことなんだと思う。知識と同様に価値観を育てるために、人は自分の頭で考えなければならないと思う。慰霊の日は午前中、午後と九条の知識や色々な人の思いを知った。これはとても良かったと思う。だが僕は知識を得ると同様に、それらについて考える場も欲しかった。意見を交換する場が欲しかった。そうしたらおもしろいと言ったら変かもしれないが僕的にはわくわくする話し合いができたと思う。
慰霊の日を通じて僕は平和について考える事ができ、とても有意義な日だった。だが、それが慰霊の日だけに留まっては意味がないと思う。平和について考える事を特別な事とせず、慰霊の日を飛び越えて日常でも平和について考えていきたい。
学校の役割 その37
珊瑚舎スコーレ・夜間中学校に関する請願の準備を進めています。9月の定例県議会に10,000人の署名を添えて提出しようと、目下署名活動に取り組んでいる真っ最中です。「学校を作ろう!通信」をお届けしている方々にも是非署名にご協力して頂きたく、お願い申し上げる次第です。詳細は同封した「夜間中学校に関する署名のお願い」を是非、お読み下さい。
先日、地元紙の投稿欄に「夜間中学校生へ卒業証書を」と題して、この署名活動のことを取り上げた方がいらっしゃいました。
「知人に夜間中学校で学ぶ人がいます。彼女の表情は学ぶ喜びにあふれ、その瞳はキラキラ輝いています。彼女の学ぼうとする意欲、真摯な姿勢は、私が失って久しいものです。
その彼女たちの通う夜間中学校には、正規の卒業証書がないのです。そのために生徒たちはわずかな伝を頼りに、細々とした署名活動を続けています。本来なら学ぶ喜びを知る夜間中学校の生徒たちこそが、正規の卒業証書を授与されるべきだと思うのです。
教育行政には、全く無知な私ですが、希望に燃える生徒たちの署名活動の一助にでもなれば、と思いペンを執った次第です。
彼女のまじめに頑張る姿は、私の励みにもなっています。今後の生徒たちの署名活動が、どのように展開するのか、知る由もありません。
もし、街頭の一角で生徒たちの署名活動を目にする機会がありましたら、励ましの言葉を掛けてくださるようお願い致します。」
この投書を読んだ方が、新聞社に電話して投稿した方と連絡をとり、夜間中学校の連絡先を尋ねて来たそうです。投稿した方が珊瑚舎の電話番号を教えてもいいか電話で問合せてきました。もちろん承諾しました。何人かの方から署名したいとの連絡がありましたが、その後、投稿した方からもう一度、電話と丁寧な手紙をいただきました。内容は、「人にお願いするのは筋違いで、投稿文を書いた自分がまず、しなければならないことに気づいた。毎週土曜日の夕方の2時間、久茂地辺り(那覇で最も賑やかな地域)で署名活動をしたい。自分は外出には介護が必要なので、自宅まで送迎をしてくれる人はいないだろうか」というものでした。
夜間中学校はボランティアの方々の力で運営されています。その力とは主体的、自立的にその場に参加しようとする意志と行動力に裏付けられたものです。自分の選択として、自分のできる範囲で、一つの状況を引き受けることです。この署名活動に名乗りをあげた方にも、そういう力を感じます。
「学校をつくろう!」という珊瑚舎の生徒・学生に対する呼びかけも同じことだと思います。自分の選択として、自分のできる範囲で、「珊瑚舎という状況」を引き受けようとすることです。自立とはまさに、そういう時間を作ることだと思います。
入学申込みをした生徒の入学を断ることがあります。講師やボランティア希望の方をお断りすることもあります。「学校をつくろう!」という呼び掛けを届けることができないと判断した場合です。逆から言えば、そういう限界が今の珊瑚舎にはあるということでもあります。それを乗り越えることも状況を引き受けると言うことの範疇にあるのだと思います。
ところで、街頭署名活動ですが、8月13日、20日の土曜日、16:00〜18:00の2時間ほど「パレット久茂地」前の広場で行う予定にしています。 (ほ)
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