>学校をつくろう!

  第43号より
学校の役割      その34

 放課後、ベランダの椅子に座ってぼんやり雲見をしていると、隣に座っていた遠藤が「珊瑚舎っていい学校ね」と他人事のように言いました。
 月曜日のシンカ会議が終わったあと、倉庫代わりに使っている屋上に通じる階段と踊り場から、都合があって金曜日に運び出したもろもろの収納物を今度はみんなで戻しました。金曜日もその時も、生徒たちの様子をみて「珊瑚舎っていい学校ね」と独り言のように言ってしまったらしいのです。みんながわいわい言いながら作業に参加していて、いろいろな性格や個性の生徒たちですが、その自然な雰囲気が何とも言えぬ心地よさを作り出しているのです。珊瑚舎がきっと自分の場になっているのでしょう。なっていると言うより、自分の場にしようとしていると言ったほうが正確かもしれません。
「学校をつくろうっていうのはそういうことなんだよな」と、ぼくはすぐに解説者モードに入ってしまって、遠藤のような一言がなかなか出てこないのですが、この言わば"ミウチ"の一言にはイタク心を動かされました。うれしかったのです。
 高等部の1年のマサル(珊瑚舎歴2年目)は毎週月曜日が通信制高校のスクーリングになっていてシンカ会議には参加できません。でも、スクーリングが終わった後、そぞろ歩き(ウチナンチューは早足で歩きません)の小一時間、毎週5時半過ぎに珊瑚舎に顔を出し、放課後のひっそりとした教室でシンカ会議の議事録に必ず目を通して帰ってゆきます。
「学校をつくろう!」に参加するとは、例えばこういうことなんだよなと、彼は教えてくれます。シンカ(仲間)会議とは生徒・学生全員参加のゆんたく(おしゃべり)場で、いろいろなことを相談したり、話し合う時間です。
 トイレに行こうとしたら、高等部2年のレイ(珊瑚舎歴3年目)がゴミ箱をゴソゴソやっています。「どうしたの」と聞くと一杯になっているから新しいゴミ袋に代えているとのことです。珊瑚舎に来た当時のレイは気持ちがあってもなかなか動けませんでした。しゃべることはちょっと苦手のようですが、2年目からだんだん動けるようになりました。「学校をつくろう!」を自分の言葉にしようとしているように思えます。
 12月18日に「とぅんじーあしび」が開かれます。今、その案内状を作っています。手書きで色をつけるのが大変そうで、放課後の案内係は忙しそうです。先日の放課後、中心になって動いているノゾミが「主体的に動いてくれない」、「みんなで手伝うと言ったじゃない」と愚痴をこぼしていました。 「珊瑚舎っていい学校ね」とはいかない場面はたくさんあります。卒業したノブコが自分ひとりが空回りしているような疎外感をシンカ会議で訴えたことがあります。在学中の生徒もノブコと同じようなことを感じることがいろいろな場面であるはずです。
「ある時自分の感じる違和感は私自身がつくりだしているものだと気づいた。たとえ自分と人との接点が見つけられなくても、自分と他人の時計の速さが違っても、一緒に共有できる"何か"が生れる瞬間がある。その時ぱっと目も覚めるような花が開く。私はそういう瞬間を珊瑚舎で経験するうちにいつからか自分の持つ違和感を忘れていった。共有できる"何か"をみんなと一緒につくっていくことは難しい。周りに向けられるアンテナを自分が持っていなくてはいけない。ふっとアンテナを忘れ、周りを気にせず一人の時間に閉じこもることもできる。でもそれでは違ったものは見えてこない。」
 ノブコが卒業にあたって残していった言葉の一節です。
 「珊瑚舎っていい学校ね」と感じる瞬間がみんなのものになるように、いつまでも「学校をつくろう!」をそれぞれの言い方で言い続けられる場でなくてはならないと思います。(ほ)


もっと!もっと!

                                 芸能研究・琉球舞踊講師
                                    玉城流菖の会師範
                                    真喜志 優子

 「こんちは、半年間よろしくお願いします!」と挨拶を交わし、顔を上げて生徒達を見ると目を輝かせこれから始まる授業に期待と不安を抱いて私を見ている彼らがいました。その度にわたしは、なにか熱い感情が込み上げてきて、"教えたい琉舞の楽しさを!伝えたい琉舞の良さを!"と毎回気合が入ってしまいます。
 琉球舞踊を見たことのある生徒、以前習ったことのある生徒、全くの初心者、さまざまです。さあ、どう教えようか?いろいろな内容を考えて臨みました。
 私が授業の始めに必ず取り入れたのは琉舞の基本である"歩み"です。歩みとは目線・姿勢・腰の入れを一つにしたものです。何の意味があるのだろうと生徒たちは疑問に思った事でしょう。生徒一人一人顔が違うように体形もまた違います。猫背だったり首が歪んでいたり、それぞれの(クセ)と言いましょうかそれを直しながら、また曲に乗せて歩く。普段の歩き方とは全く違う(琉舞の歩み)を取り入れました。その歩みに相当生徒たちは苦労していました。また、鏡に向かわせ自分の姿勢を見る、直す。自分の体の線を見るといった事も取り入れながら"もっと!もっと!鏡と友達になりなさい。琉舞は歩みが大事だよ"と毎回のように伝えました。もっと綺麗な姿勢を作ってあげたい!生徒たちは踊りの振りを覚えるよりも一番苦労したと思います。
 授業を進めていくにつれ、生徒たちの焦りも見え始めてきました。なかなか踊りを覚え切れなくて戸惑ったり、頭がパニックになってしまったり、手が思うように動かず立ち止まったり・・・そんな時私はこう言います。"踊りは頭で覚えるんじゃないよ。体で覚えなくちゃ。まずは間違ってもいいから動いてみよう"と。
 始めのうちは理解できず、人の動きをただ見ていたり、座って動くのを見ていたりと様々でした。私は、間違って指導してしまったんだろうか?生徒に伝わらないのだろうか?と悩みました。私も、生徒たちも体がガチガチになり必死でした。そんな時に、皆で大きく深呼吸して肩の力を抜き、もっと!動いてみよう!もっと!やってみよう!と。
 日が立つに連れ、生徒たちが変わっていくのが分かりました。全員が一つになって動いているのです。一つの踊りを皆で一つになって踊っているのです。あー私の言葉が伝わったんだ!嬉しかったです。「とぅんじー遊び」のかじゃで風、「まにまに祭」の浜千鳥。見事に踊ってくれました。踊り終わってからの生徒たちの笑顔を見る度に、あーもっと琉舞を教えたい。もっと!伝えたい・・・と。その、もっと!もっと!に一生懸命に応えてくれた生徒たちにただただ感謝です。ありがとう。