ガジュマル
シンカヌチャー(生徒・学生のコーナー)
はんかくさい!?
専門部聴講生 棚上倍代
沖縄に来てもうすぐ一年、聴講生になって早一年になろうとしています。きっかけは昨年一月、地元北海道函館で『ゲッチョ先生のゆかいな自然講座』と題した講座に参加したことでした。そこで見せられた珊瑚舎スコーレのパンフレット。沖縄の染織に興味のあった私は、紅型講座を受けてみたくなりました。悩んでいた私に、珊瑚舎のホームページ数十枚を手渡してくれた友人。そのホームページが私の関心をより高めてしまったのです。
「沖縄に行きます」とゲッチョさんに電話で報告したところ、「本当に来るんだ、どうしよう」内心そう思っていたと後から聞きました。それもそのはずです、歳30代半ばにして14年勤務した仕事を辞め、はるばる北の果てからやって来るのですものね。北海道弁で、"はんかくさい(バカみたい?)"と言うのでしょう。でも、それだけ魅力を感じたのです。そして、沖縄の染織に触れてみたかったのです。きっかけをありがとうございました。
沖縄に来て最初に思ったことは、人の暖かさ。知人の知人までが親切にしてくれるのです。知らない土地でやさしくされることがうれしくて、それが私の歳が離れた仲間達(生徒達)でもありました。「マスヨさんて高等部?(アレ?)」「前髪切った方がかわいいよ」「泊まりに行ってもいい?」「寮に遊びにおいでよ」等等。いつも自然体で自由な発想の仲間達は、私に沢山の刺激を与えてくれます。
珊瑚舎を通して多くの出逢いがありました。じんぶん旅行もその一つでした。2月、久高島の旧正月に行くと、どこの家へ行っても飲めや歌えや踊れ、親戚のように受け入れてくれるのです。生年祝い(馬年生まれの祝い)で再び島を訪れた時も「北海道(私のことをこう呼ぶ)、また来たね。ここの保育園で働きなさい」と暖かい言葉に友達になれた手応えを感じたりしました。そして、ご夫婦共に七十三歳になった方の家に行くと、きれいに装い仲良く座っているお二人が、三線、太鼓、歌、踊りでお祝いの真っ最中。横には『夫婦うちしりて七十三歳祝 御万人と共に遊ぶうりさ(夫婦揃って73歳の祝い 皆と遊ぶ楽しさ)』と書かれた掛け軸が飾られていました。お二人の前には、お祝いに来てくれた人に飲んでいただくお酒が置かれ、これを飲むことによって福を分けてもらえるそうです。もちろん私もいただきました。お祝いを大事にし、生きている喜びを感じる。その場にいるだけで幸せに思えるのが不思議でした。沖縄はそんな所なのでしょうね。人との出逢いに感謝しています。
1年と決めていた沖縄生活。北海道が呼んでいる?しかし、珊瑚舎の講師の方々の生きている豊な教材と仲間達の「マッスー、オハヨー!」のあの笑顔が私の気持ちを引き止めるのです。もう少し皆と一緒にいたい・・・今そんな気持ちになっているところです・・・。
学校の役割 その19
3月21日、阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)さんが亡くなりました。101歳でした。沖縄の平和運動の象徴的な存在でした。岩波新書の「米軍と農民 沖縄県伊江島」は品切れですが、「命どぅ宝 沖縄反戦の心」の方は出版されています。阿波根さんの思想と行動、さらにウチナーンチュの心根に触れることができると思います。
雑誌(「教育」6月号)に掲載する原稿を書かなければなりません。今月が原稿の締切なので急いでいるのですが、それはともかくとして、依頼は「沖縄の子ども・青年と戦争・暴力」ということについて書いてもらいたいということでした。
ヒロシマ、ナガサキ、オキナワは平和教育、平和学習の日本における三大メッカです。とりわけ、沖縄は戦後の状況を含めて「戦争・軍隊・基地」を目の当たりにして考えることのできるところです。沖縄で珊瑚舎スコーレがカリキュラムに「平和学講座」を設けていたり、僕がこのところ少年の暴力の問題を取り上げているので依頼がきたのだと思います。しかし、「平和教育」、「平和学習」も「平和」という伝家の宝刀のような二文字をとれば「教育」と「学習」です。現在、学校が直面する課題から無縁ではありません。
阿波根さんの訃報に接し沖縄が世界に向けてメッセージするものの根っこの部分がまた細ったように感じます。ウチナー口で言えば「ニーがヨーガレ」て行くように感じます。阿波根さんの「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」(命が一番大切なもの)が「銭どぅ宝(じんどぅたから)」(金儲けが一番大切なもの)にその場を明け渡そうとしています。
金儲けは必要かも知れませんが、日常生活の様々な価値の中で決して一番目に来るもなではないと思っています。その金儲けが一番目になっているような気が強くします。しかもその金儲けとは貧弱な経済効果と呼ばれている幻想です。幻想から覚醒するまでに沖縄が失うものは大きいです。
沖縄は学区ごとに「学力向上対策委員会」が設置されています。ヤマトゥに対する学力コンプレックスがありますから、子どもたちの学力の向上は沖縄県あげての努力目標です。学力についてはいろいろ言われますが結局は進学成績で計られます。大学の進学成績を上げるために県立の進学校も新設され、高校入試の最難関校として県内のトップ校にランキングされています。
沖縄に来て間もなく、地元紙が教育面で僕を大きく紹介したことがありました。その記事を読んだ教員に「あんたのようなヤマトゥンチュウがいつも沖縄の足を引っ張る。礼儀作法も分からない、勉強もできない、そういう沖縄の現状があるのに、役に立たないようなことを言わないで欲しい。ヤマトゥに帰りなさい」と言われたことがあります。
また、教員組合の幹部の方は県立の進学校の設置に関して「組合員は建前では反対しているが、本音のところでは自分の子どもを入れている人もいるし、入れたいと思っている人もいて、反対運動も強いものにはなりません」と話していました。
沖縄の教員がよく使う言葉の一つに「オリコウサン」があります。もちろん教員以外も使います。「お利巧さん」のことです。オリコウサンは小さな子供に対してだけではなく、高校生にも大学生に対しても使います。褒め言葉です。数値化されます。内申点です。この言葉は自立を拒否するような言葉です。ヤマトゥにとって沖縄は「オリコウサン」かも知れません。オリコウサンの程度はもちろん数値化されます。補助金などの額です。
平和教育、平和学習は結果として「オリコウサン」を対象にしたものになっている嫌いがあります。ヤマトゥにも感じます。「オリコウサン」から外れたところにいる生徒のものでもあることが、今、強く求められています。(ほ)
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