>学校をつくろう!

●●●まちかんてぃ!通信●●●
第15号

連載・聞き書き その12

 去年、娘が新聞で沖縄に夜間中学が出来たという記事を読み、知りました。何十年も前から勉強できるところを探していましたが、本土にはあるけど沖縄にはないねーと諦めていました。ただ、娘がこの2月に出産をひかえていたので、入学できたのは今年です。元々引っ込み思案なので今回も電話で様子を聞き、考えて見ますと返事をしました。次女に相談したら、母さん最初からやったほうがいいよとの言葉に励まされて来ました。
 母が小学1年の時に亡くなりました。それから行ったり行かなかったりで小学2年ぐらいで行かなくなりました。家が"ヤールイ部落"(今で言う郊外)で学校に遠いし、周囲の子供たちも学校に行かない子がたくさんいたので特別ではなかったのです。12歳で那覇の平和通りにあった高級婦人服店に子守りで奉公しました。旦那さんも奥さんも良い方でした。3ヶ月してお店の手伝いに変わりました。ここは今で言うテナント方式(当時はマーケットと呼んでいました)で幾つかの店が入っています。ある店に後で義姉になる人がいて、いろんなことを教えてくれました。とってもハガナー(知恵)のある人でお店は繁盛しもうかっていました。奉公先には13年勤めました。しだいに自分でも商売をしてみたくなり相談してみました。お姉さんは他人に使われるのと自分でやるのは全く違うことだし、まだ歳が若いから考えたらと言ってくれました。私も人づき合いがうまくないので一旦は諦めかけましたが、どうしてもやってみたかったので決心を伝えました。ムルシン(資金)はこのお姉さんの弟で結婚することになっていた今の主人が用立ててくれました。150万円です。たぶんお姉さんからでしょう。迷惑はかけられないと責任を感じました。主人の実家は家具屋で、主人も家具職人です。オジイチャンはチャギーで上等な婚礼家具を作ったり展覧会で賞を取ったりする人でしたが商売っ気のない人でした。25歳でスーツ中心のお店を立ち上げました。当初は既製服はほとんどなく、自分で布を見立ててデザインを決めて仕立て屋にだしていました。日本復帰まではすごく良かったです。コザから米兵がハニーを連れてよく買い物に来ました。サイズと色が合えば即OKです。当時の平和通りはにぎやかで土日やボーナス時期は人で見動きできないほどでした。楽しかったですね。どんなに忙しくお昼を食べる時間がなくても、今日はいくらもうかったが励みでした。計算は大丈夫です。平気でした。ただ読み書きはだめでした。帳簿はカナでつけていましたし、直しの預かり証などは妹に書いてもらい、私は日付と金額だけを書き込むようにしていました。復帰後は大型スーパーが入ってきたからでしょうか、平和通りに昔日の面影はありません。私も18年前に辞めました。
 結婚の時、学校を出ていないこと、読み書きが出来ないことは主人に伝えてあります。自分の苦しみをさせたくないと3人の子供は大学まで出しました。役所や病院、銀行では苦労しました。未だに銀行のキャッシュカードが使えません。一番大変なのは子供の学校関係でした。授業参観やPTAの会合は欠かしたことがありません。でも門を入った時から何か書かされるのではないか、大勢の前で恥をかくのではないかといつも不安でした。ある時、娘の担任と面談があり順番を待っていたら先生が前の人に黒板を写してくださいと言っています。自分の番が来たらどうしたらよいかと冷汗が出ました。前の人が向こうにいる間に写しておきますと答えているのを聞き、私もそっくり同じ言葉を言いました。なんとか切り抜けたと思いましたよ。人前にでると読めるものも読めなくなります。夜間中学でも側に誰かいると分かるものもなんだか自信がなくなります。あるクラスメイトがあんたシカシカ(びくびく)してるよ、周りをヤーンジュ(家族)と思ってやりなさいと声をかけてくれて有り難かったです。勇気がでました。勉強は辛いけど楽しいです。娘がノートを見て、母さん字がきれいになっているよと言ってくれました。嬉しいですよね。<Y.O.さん談>


学校の役割      その38

「夜間中学校に関する請願」が10月13日に開かれた沖縄県議会において全会一致で可決されました。

請願の要旨は以下の4点です
1.沖縄県における学齢期を過ぎた義務教育未修了者の実態を調査すること。
2.学齢期を過ぎた義務教育未修了者の学ぶ権利を保障し、教育機関の設置と小中学校の卒業を認定すること。
3.「珊瑚舎スコーレ・夜間中学校」を学齢期を過ぎた義務教育未修了者のための教育機関として認定し、その運営に補助金を支給すること。
4.学齢期を過ぎた義務教育未修了者のための教育機関の設置を広報で県民に周知すること。

 昨年、「夜間中学校に関する陳情」を沖縄県知事、沖縄県議会議長と沖縄県教育長に提出しました。残念なことに継続審議扱いで、事実上の棚上げになったと判断しました。また、伝え聞くところによると、県教育委員会の方の感想は夜間中学校を県民がどれだけ必要としているか判断しかねるという内容でした。
 夜間中学校を見学し、実情を知れば陳情の内容が理解できると思うのですが、そのような動きはありませんでした。そこで、今年は署名を添えた請願に切り替え、再度提出することにしました。
 請願は陳情と違い、紹介議員が必要です。県議会の文教厚生委員会の委員、12名に紹介議員の要請したところ、4名の方が受諾してくれました。9月県議会に提出するまでに1ヶ月半ほどしかありませんでしたが、署名者を1万人集めることを目標にしました。さまざまな方の協力をいただきました。9月27日に16,148人の署名を添えて請願を提出しました。署名は請願提出後にも届けられ、最終的には16,880人の方々が署名をしてくださいました。目標の1万を7千近くも上回り、その数に驚いています。署名にご協力して頂いた方々に、この場を借りて、心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。
 10月5日、文教厚生委員会の参考人質問がありました。参考人として代表の星野、補助者として夜間中学校の1年生 新垣洋子さん、2年生 Y.M.さんの3名が出席しました。
 星野が夜間中学校を開設した経緯と重要性を述べたあと各委員から夜間中学校に対する質問がありました。カリキュラム、教科書など制度の問題について質問がありましたが、夜間中学生の実態と学習権を保障することを優先して考えることの重要性と卒業を認定することが請願の柱であることを指摘しました。運営についても学校教育法の枠をはめるのではなくNPOなどの組織と行政が連携することが運営資金の問題なども含めて現実的な方法であることを述べました。
 生徒の2人は夜間中学校で学ぶ喜びとその必要性を述べました。委員の一人は「ここにいらっしゃる皆さんが『なだぐるぐるして』(涙で目をしばたたかせて)お聞きになったと思います」と感想を述べました。生徒の言葉は各委員に充分に届いたと思います。
 10月7日、文教厚生委員会は満場一致で「夜間中学校に関する請願」を採択しました。13日、本会議は委員長報告を全会一致で可決しました。
 人を制度の中に追いやるのではなく、制度が人に近づけるような努力をそれぞれの立場の人間がしなけれなりません。学校も自治体も国家制度も同じことです。(ほ)